コーパイの進藤君(第6話)

コーパイの進藤君第6話です。:本編の最終話となります。
2~5話をまだ読んでない方は、こちらからどうぞ。
第2話
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第3話
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第4話
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第5話
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===第6話===

759便は成田に引き返し、私(松嶋菜々子)たちのフライトは打ち切りになった。

クリスマスイヴから2泊3日のホーチミン。仕事なら、アレックス(トニー・レオン)と会えなくて1人で過ごすことになっても自分で自分に言い訳ができたのに。
何でも“おひとりさま”が平気な年齢になったけれど、クリスマスやお正月にひとりぼっちというのはさすがにこたえた。

客室乗員部に顔を出すと、客室マネジャーの小林さん(高橋ひとみ)がすでに出社していた。
「あら、お疲れ様。ATBだったんですって?」
「はい、フライト切れちゃいました」
「ちょうどよかったじゃない。クリスマスなんだし」
「せっかくマネジャーにお願いしてクリスマスもお正月もフライト入れていただいたのに」
「人手不足だからそれは助かるんだけどね。……あなたってさ、もったいないわ」
「はい?」
「あなたって、もったいないのよ。色々と」
「どういう意味でしょうか。私、これでも毎日楽しくしているんですけど」
「まあ、いっか。で? これからどうするの?」
「SU(チーフパーサー)昇格試験のことでしょうか?」
「それもあるんだけど、なんて言うかね……。藤井さんにはあたしみたいになってほしくないなー、なんて思っただけ」

小林さんは仕事も容姿も完璧で、後輩の面倒見もよく、管理職になった今でも皆の憧れのCAだった。かなりモテていたはずなのだが独身で、ある機長と長年付き合っているという噂があるけれど、相手が誰かは誰も知らなかった。

「あ〜あ、あた しもそろそろ辞めちゃおっかな〜」
「何をおっしゃるんですか急に。やめてください、もう。どうかなさったんですか?」
「なんか、もう会社にいる意味なくなっちゃったのかなーなんてね。ふと思ったりとか、ね」
「もう、やめてください。小林さんがいらっしゃるから私達も頑張れるんです」
「ははは、ありがとー。お世辞でも喜んどく」
「お世辞じゃなくって……」
「はいはい、とりあえず今日はゆっくり休んで? 明日からスケチェン[スケジュール変更]があったら連絡するから」
「はい、お先に失礼させていただきます」

私はどうしてもなりたくて、この仕事を選んだ。大好きな飛行機の中で働けるのは本当に嬉しい。40になって今でもそれは変わらない。小林さんだってそうだろ う。でも、そんな小林さんで辞めたくなる時がある……。

「藤井さん」
ぼんやり歩いていると、オペセンのロビーで声を掛けられた。
「諸星キャプテン。お疲れ様でございます」
「759だった?」
「はい、お天気悪くて。フライト切れちゃいました」
「そうか。なら、ちょうど会えて良かった。藤井さんにも世話になったな」
「は?」
「今日がラストフライトだった」
「……そんな……存じ上げませんでした」
「ひっそりカッコよくいなくなろうと思ったんだけどさ、たまたま会ったからね」
「あの……ひょっとして組合の関係で?」
「会社も組合も俺は関係ねえよ。ただ、もっと違う景色が見たくなったのかな」
「あの、諸星キャプテン、改めて皆で……」
「やめろって。 カッコよく消えさしてくれって言ってんだろ」
「わかりました。お疲れ様でございました。どうぞお身体をお大事に」
「じゃあな」

遠ざかって行く背の高い後ろ姿を見送りながら、ふと、小林さんの「会社にいる意味がなくなった」という言葉を思い出した。あれは……。

「あ、そうだ藤井さん」
その後ろ姿が急に振り返った。
「はい?」
「ターミナルんとこのさ、休憩スペースで俺の舎弟が黄昏てんだ。よろしく」
「え?」

12月の遅い朝が明け、ターミナルからオペセンに続く通路の大きな窓に面した休憩スペースも、ようやく明るくなりかけていた。

「進藤君」
うつむいている、副操縦士の肩章の三本線。その肩は眠っているようにも泣いているようにも見えた。
「 進藤君」
「……は……えっ!? あっ、あれ? わ……藤井さん」
「お疲れ様」
「お、は、いえ……お疲れ様でした。って言うか……すみませんでした、本当に」
「なんで?」
「え? ……いや、あの、なんか引き返しちゃって」

カートにひっかけた、制服の上着の袖口には三本線。自分の判断に、300人超の命を預かることに戸惑っている、機長昇格訓練中の35歳。

「私さ、20年近くこの仕事やってるの」
「え? あ、いえ、藤井さん、若いですよ」
「……殴られたいの?」
「あ、いや、そういう意味ではなくてですね……」
「長年やっていると、いろんなフライトがあって、いろんなキャプテンがいて。いや、それ違うでしょ?って言う事も何度もあって。キャビンが口を出す ことではないんだけど」
「………」
「でも、今日のあなたの判断は正しかったと思う」
「え………」
「絶対に」
「藤井さん……」

今、顔を動かしたら本当に泣いてしまいそうで、涙がこぼれてしまいそうで、それを藤井さんに見られたくなくて、俺は「藤井さん」と言うが精一杯だった。

「朝ごはんは?」
「え?」
「朝ごはんは食べたの?」
「あ、いえ」
「あのフライトじゃ、ミールもお出しできなかったものね。芝山に、朝から定食が食べられるお店があるんだけど、行く?」
「………」
「行くの? 行かないの?」
「あ……」
「どうするの?」
「ご一緒させていただきます!」

2014年のクリスマスイヴ、成田空港の朝7時。
夜明けまでの悪天がうそのよ うに、朝日が休憩スペースに差し込んでいた。

<……ふ、終わった、な……。(声:池田秀一)>

旧ぱたのうちの投稿より