【この街ができるまで①】「街で話題」というカテゴリ名は、25年前に僕が付けました

こんにちは、たかしです。

最初に、大変お久しぶりです。前回の投稿から1年以上たってしまっていました。

実は僕、イトキオという匿名掲示板サイトを2000年12月8日に立ち上げまして。そのあといろいろあって会社を作って、いわゆる起業家っぽくなっていくのですが。

最近、自分がこれまで何をしてきたのかを振り返る機会がありました。そのときにふと、イトキオの話と、この「街で話題」の話になったんです。

それで、思い切ってシリーズ化することにしました。

今は爆サイの血となり肉となった、僕が立ち上げたcafeイトキオというかつて存在した匿名掲示板について、いくつかのエピソードを交えながら、複数回にわたって言いたい放題書いてみようと思います。

誰も興味ないかもしれませんけど。

起業家としてのものがたりのほうはnoteのほうでも書いているので、もしよければ読んでみてください。掲示板で出会った人たちとの原体験が、僕のその後の人生を大きく変えていきます。

では、始めます。

このカテゴリの名前、「街で話題」といいます。僕がいま管理人をやっているところです。

実はこのカテゴリ名、僕が2000年に付けたものです。

当時、itokio.comという掲示板を作りました。ケータイ向けです。スマホもSNSもなくて、パケット代は使った分だけ取られる時代でした。

コンセプトは、はっきりしていました。生まれたばかりの2ちゃんねるを、ケータイから使えるようにする。それだけです。

当時、ケータイからまともに使える無料の掲示板って、ほとんどなかったんですよ。

名前は、本当は itokyo.com にするつもりでした。i-tokyo「ケータイの東京」という意味です。
でも、そのドメインは取れませんでした。仕方なく itokio.com にしました。2000年11月25日のことです。
深い意味はありません。取れなかっただけです。

ただ、最初は「アイトキオ」と読ませていたんです。

初期のitokio.comをPCから見た画面。ガラケーから99%の人が使っていましたが、PCサイトもきちんと用意していました。

そうしたら、ユーザーから意見がたくさん来ました。イトキオのほうが呼びやすい、かわいい、と。

それで2001年2月1日に、正式に「イトキオ」へ変えました。名前をユーザーに明け渡したわけです。

今も「イトキオ」「糸」と呼ばれているのは、僕が決めたからじゃなくて、あのとき書き込んでくれた人たちが決めたからです。

さて、ここからが本題です。

最初に作ったカテゴリは、6個でした。

これは、わざとです。

マジカルナンバー7±2、という有名な話があります。人間が一度に扱える選択肢は、だいたい7つ前後、多くても9つくらいまで。それを超えると処理しきれなくなる。

学問としても知っていましたし、体感としても、まあそうだろうなと思っていました。

だから、7より少なめの6個から始めました。

もうひとつ、頭にあったのはテレビでした。

僕は大学でメディア論をやっていて、ケーブルテレビとかメディア制作の勉強をしていたんです。だから、チャンネル数と視聴者の関係を、ずっと考えていました。

地上波の民放は、5局しかありません。少ないから、みんなが同じものを見る。特に見たいものがなくても、なんとなくつけて、なんとなく見る。

一方でスカパーみたいなCSは、チャンネルが何百とある。釣りだけ、競馬だけ、映画だけ。見たい人には最高です。でも、暇つぶしには向かない。目的がないと開けないので。

掲示板も、まったく同じだと思いました。

カテゴリが少なければ、地上波になる。暇な人がとりあえず覗いて、なんとなく書き込む。

増やせば、CSになる。詳しい人が集まって話は濃くなるけど、目的のない人が入ってこない。

立ち上げの時点で、人はいません。だから、まず地上波でいくしかなかった。6個です。

そこから、書き込みが増えるたびに分裂させていきました。細胞分裂です。最終的には70以上になります。

ただ、分裂させるほど一つひとつは小さくなる。放っておけばタコツボです。

人がいないカテゴリは、どんなに立派なテーマでも死にます。

だから、並び順に異常にこだわることになりました。何を選ぶか、どの順で出すか、どれとどれを隣に置くか。

当時のヘルプに、自分でこう書いています。

「選定・表示順序・カテゴリーの近接性(メニューの並び方のこと)にまで気を使っています」

カテゴリーの近接性、なんて言葉を使っている。今でいうUXの話を、2001年に必死でやっていたわけです。

というのも、当時のケータイには、タッチパネルがありません。

カーソルが、上から一つずつ、順番に降りてくるだけです。

下のほうにあるメニューに行くには、そこまでカーソルを送らないといけない。当然、みんな途中で押します。

つまり、上に置いたものが押される。それだけの、身も蓋もない構造でした。

だから僕は、いちばん上に、テーマを決めない場所を作りました。

何を書いてもいい。どのカテゴリに書けばいいか分からない話も、全部ここでいい。

みんなが必ず通る場所に、無理やり空けた広場みたいなものです。

名前を決めるとき、「町」にするか「街」にするかで迷いました。

町だと、人が住んでいる感じがする。でもここは、住む場所じゃない。

カーソルが降りていく途中で、みんなが必ず通り過ぎるところです。

通り道です。ストリートです。

だから、「街で話題」にしました。

あれから25年以上経ちます。

ケータイはスマホになって、カーソルは指になって、イトキオは爆サイ.comになりました。

でも「街で話題」は、まだあります。しかも、まだ人が通っています。

僕はいま、そこの管理人をやっています。

正直、変な気分です。

その理由は、この連載の最後に書きます。

次回は、この掲示板に集まってきた人たちの話です。パケット代を月に10万円以上払って、それでもケータイで書き込み続けていた人たちのことを書きます。