1969年、日本から海を渡り、勝つ為に挑戦したスピードシンボリから56年間で延べ35回、、38頭のサムライ馬の成績は【0.4.0.34】
日本馬の凱旋門賞2着は、4回、。エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタと記憶に新しいオルフェーヴルの2012年、2013年の連続2着、、。
満を持して臨んだ、92代のダービー馬のクロワデュノール、、。
フランス語では、”北極星”でゲートは17番の大外から好スタートも、、北極星の如く指針とされ内
に入れる隙も与えられず、、大敗した、。

今回の凱旋門賞を制したのは、、昨年優勝のダリズが、圧巻の差し切り勝ち。
同じく連覇したリボー(1955年・1956年)斤量無視で連覇した、このリボーの血を持つ、アレッジド(1977年・1978年)以来の牡馬の凱旋門賞連覇、、。
今回で連覇となった凱旋門賞馬ダリズは、、
ロンシャン競馬場はこれで9戦8勝、、。
唯一、差しきれなかったのは、、日本のクロワデュノール、、、。
北村騎手の初挑戦も、、押し出されて完全に下げさせない位置に追いやられ、一息着く間も無く、高低差10メートルと言われる、1番脚にくる下りのまま、、フォルスストレートへ、、。
2013年に、キズナでの凱旋門賞の遠征時に、前田晋二オーナーに同行させて頂いた際、、初めてながらも現地にてアラブの王族の方々がキズナが欲しいと、交渉のような大陸独特の露骨に金額も入れたような話をしてきていたり、、昨年2着のスミヨンのオルフェーヴル同様、ニエル賞を勝ったキズナは、当時かなり警戒されている雰囲気は、、、凱旋門賞の前のレースにてスミヨンが快勝した時点で、、日本からの遠征で来ていた人達も嫌な雰囲気を察知した方がいたと思う、、、。
流石の天才武豊騎手は、最初からトレヴの後ろにピッタリつけ、早めに仕掛けた54.5キロの3歳牝馬と共に上がるも差を直線で埋めるリボー系、アレッジド系の底力が足りなかったかの、、大健闘と言って良いのか、、悔しい4着。
あの経験が生きるとすれば、、昨年のクロワデュノールにもしも、武豊騎手ならと競馬ファンなら思ってしまうのが、やはり凱旋門賞、、。
あまり目立たないが、前哨戦フォア賞を、大久保龍志調教師と谷口調教助手がほぼ完璧に仕上げたという、ディープボンドがクリスチャンデムーロで見事に逃げ切った勝利が衝撃的なのか、、不可解な、クリスチャンと契約のある馬の追加登録料支払っての突然のギリギリの登録、、、に、まさかのデットーリの馬の直前の登録抹消で、、
代わりの騎手が八方塞がりに僕には見えた、、時、、ふと、、、
和田さん来てくれないかな、、、とか、、。
その際に偶々、角居調教助手と既に現地で話していたのが、当時天才と言われるも凱旋門賞未勝利もバルザローナだった、、。
馬と人の巡り合わせというのか、、池江さんが寄れる癖を完全にスミヨンに伝えてなかったと言われた、2012年のオルフェーヴルに池添騎手なら、、とか、、
色々な、様々な人々の偉大な凱旋門賞というだけの思惑あれど、、、
それでも、あそこから勝ち切れるように、、また、、と佐々木晶三調教師がレース後のお食事会で悔しさ全開で、熱く前田晋二オーナーと話してた情熱的な話が未だに僕には刺さったまま、、、はや13年の時が過ぎ、、
大久保龍志厩舎の谷口調教助手の応援も兼ねたブランド制作の最中、偶々の石橋守厩舎の芹沢元騎手からの、不思議なご縁も重なり、地元兵庫のメイショウ様の応援許諾もいただくと、主催のカタール🇶🇦&フランスギャロとのデザインで評価をいただき、再び同じくロンシャンで契約させていただくことも不思議なご縁で、、、
色々あれど、、再び🇫🇷フランスの地へ、、。
今年の凱旋門賞もまた、たくさんの方々と出会い、ウマ娘の人気がわかるコスプレ応援団も含めた多くの国の方々の応援もお褒めのお言葉もいただき、身に沁みるお言葉も含めた良い経験もして、、

ロンシャン競馬場では、みんなで日本の馬2頭と今年も武豊騎手を全力応援した、、。

気分良く坂を上がったように見えた、、毎年見るフォルスストレートからの直線勝負、、やはり底力というダビスタでも目に見えない、ダンシングブレーヴ、トレヴに、エネイブルのような血の歴史が物を言う凱旋門賞の壁、、。
来年の凱旋門賞、、、騸馬が解禁ならカランダガンが満を持してやってくる、、。
それでも、勝ち切れるように、、、また、パワーアップしたメイショウタバル、クロワデュノールと新たな日本馬に期待して、、、。

「人がいて、馬がいて、そしてまた人がいる」
