タイで大麻をめぐる規制が大きく緩んだ頃、街にはいろんな人が生えてきた。
農家、医療関係者、研究者、事業者、投資家、活動家、政治家、観光客、、、そして、昨日、大麻を知ったばかりの専門家たち。
店が増えた、看板が増えた、商品が増えた、会社が増えた、コンサルタントも増えた。
大麻草より、専門家のほうが発芽率が高かった。
しかも成長が早い。
昨日まで別の商売をしていた人が、今日は大麻産業の未来を語っている。
「これからは大麻です」
「絶対に儲かります」
「海外ではもう当たり前です」
「政府にも話が通っています」
「日本は遅れています」
まあ、だいたいこのへんの言葉がセットで飛んでくる。
不思議なもので、よくわからない話ほど断言口調になる。
わかっている人ほど、
「場合によります」
「制度次第です」
「品種によります」
「用途によります」
「地域によります」
「まだデータが足りません」
と条件をつける。
ところが、昨日知った専門家には条件がない。
例外もない。だから強い。なんでも言い切れる。知らないというのは、時として無敵である。
タイには昔から、大麻を薬草として扱ってきた歴史がある。
そこへ突然、
世界的大麻産業、ウェルネス、医療、観光、投資、政治、輸出、ブランド、一攫千金、、、。
いろんな夢が一気に流れ込んできた。
昨日まで薬草だったものが、翌日には「成長産業」と呼ばれた。
文化だったものが「市場規模」に換算された。
畑に生えていた植物が、PowerPointの右肩上がりのグラフになった。
植物より先に、夢の値段が伸びていった畑を始めた人がいた。店を開いた人がいた。工場を建てた人がいた。研究施設を作った人もいた。なけなしの金を突っ込んだ人がいた。莫大な金を突っ込んだ人もいた。そして、よくわからないコンサルタントに、さらによくわからない金を払った人もいた。
夢だけなら、まだよかった。夢には利息がつかない。でも、借金には利息がつく。
大麻そのものより、人間が大麻へ群がっている時のほうが怖いと思うことがある。
大麻は、「絶対に儲かります」とは言わない。
「今が参入のラストチャンスです」とも言わない。
「政府に話が通っています」とも言わない。
「俺についてくれば大丈夫」とも言わない。
ただ黙って生えている。水がなければ枯れる。肥料をやりすぎても調子を崩す。環境が合わなければ育たない。非常に正直である。人間より、よほど説明責任を果たしている。
だから個人的には大麻の世界で一番よくしゃべるものを、一番疑ったほうがいいと思っている。
畑でも街でも、たいてい一番しゃべっているのは人間だ。
タイ人と話していると、「日本人を騙すのは日本人だよ」とよく言われる。
なるほどなあ、と思っていると、そのタイ人が続けて、「でも私の話を聞けば大丈夫」と言ったりする、、、お前もか。
まあ、タイ人もたいがいはたいがいである。もちろん日本人もたいがいだし、たぶん私もたいがいである。
大麻の世界に長くいると、自分だけは騙されないと思い始めた時が一番危ない。知識が増えれば賢くなるとは限らない。知識が増えたぶんだけ、自信満々に間違えることもできる。
だから最近は、「大麻に詳しいです」と言うより、「大麻について、まだわからないことがたくさんあります」と言える人のほうを信用する。
規制が緩んだ。店が増えた。商品が増えた。投資家が増えた。そして、昨日、大麻を知ったばかりの専門家も増えた。
大麻より早く生え、大麻より早く伸び、大麻より大きな夢を売る。でも、流行が終われば人は去る。投資が冷えれば人は去る。制度が変われば人は去る。残るのは畑だったりする。農家だったりする。文化だったりする。地域だったりする。そして、植物だったりする。
そういや昔、「麻のように粛々と」なんて言葉を聞いたことがある。派手なことを言わず、未来を断言せず、儲かるとも言わず、ただ、その場所に根を張って、季節が来たら伸びる。
昨日知った専門家になるくらいなら、今日もわからないことを一つ調べる。
まあ、そのくらいでいいんじゃないかと思っている。
たかが大麻。されど大麻。
そして結局、
大麻より面白くて、大麻より面倒くさくて、大麻より危ないのは、たぶん人間。


