大麻が自由になった日

2022年。

タイの街に、畑より先に大麻の葉が生え始めた。

看板の上に。店の入口に。ジュースの缶に。

昨日まで隠される側だった葉っぱが、突然ネオンになって道路へせり出してきた。

タイの議会が、医療や研究を目的とする大麻利用へ舵を切る法改正を可決したのは、2018年末だった。実際に施行されたのは、翌2019年。そして2022年6月9日。大麻草は、原則として麻薬リストから外れた。

ただし、何もかもが自由になったわけではない。

一定濃度を超える抽出物には規制が残った。公の場で好き勝手に煙を出してよいわけでもない。

販売、広告、食品、医療、栽培.それぞれに別の規則があり、後から整えられたものもあった。

だが、その「ただし」は、看板ほど大きな字では書かれていなかった。街の景色は、まあ見事なくらい変わった。

看板が増える。店が増える.葉っぱのマークが増える。外国人も増える。そして、「俺は昔から大麻を知っていた」みたいな顔をする人まで増えた。

もちろん、昔から「大麻!大麻!」と言っていた怪しいおじさんまで、急に時代の先端に立っているような錯覚を起こす。

時代というものは恐ろしい。

昨日まで変人だった人間を、今日は「詳しい人」にしてしまう。本人の中身は、昨日とほとんど変わっていない。変わったのは法律と看板と、周囲の見る目である。

もっとも、明日になれば、また変人へ戻されるかもしれない。

時代の先端に立っていたつもりが、ただ足場の悪い場所に立っていただけだった、ということもある。

街では、「大麻が自由になった」という声が聞こえた。

その横では、「何でも自由になったわけじゃない」という声も聞こえた。

では、何が合法で、何が違法なのか。今日大丈夫なことは、明日も大丈夫なのか。聞く相手によって、答えが違う。店員に聞けば、「マイペンライ。問題ない」と言う。別の人に聞けば、「危ない」と言う。役所へ聞けば、法律の説明が返ってくる。ところが現場へ戻ると、また少し違う運用が待っている。

法律がある。省令がある。役所の運用がある。地域の空気がある。店ごとの解釈がある。そして、その全部の隙間を、マイペンライが、南国の風のように吹き抜けていった。

細かいことは気にするな。たぶん大丈夫。知らんけど、、、。

タイで暮らしていると、ときどき、この「知らんけど」が国家制度の一部なんじゃないかと思うことがある。もちろん、そんな法律はない。たぶん。

いや、これはタイだけの話ではない。制度が急に動けば、どの国にも「たぶん大丈夫」という臨時の役人が現れる。日本なら、もう少し難しい顔をして「前例がないので」と言うかもしれない。言葉は違っても、わからないことを、わからないまま運ぶ人間の技術は、どこの国でもなかなか高い。

それでも街は動いた。畑ができた。店ができた。設備が入った。人が雇われた。金が動いた。外国人がやってきた。

期待も膨らんだ。勘違いも膨らんだ。医療なのか。産業なのか。観光なのか。嗜好なのか。健康なのか、商売なのか、、、。

誰もが少しずつ違う未来を見ていた。

同じ大麻を見ながら、同じ未来を見ていたわけではない。患者は治療の選択肢を見た。農家は新しい作物を見た。店主は商機を見た。投資家は市場を見た。観光客は自由を見た。政治家は政策の成果を見た。

そして、長年「大麻!大麻!」と言い続けた自分にも、ついに時代のほうが追いついたのではないかと思った。

今考えると、時代が追いついたのではない。私が調子に乗って、一段目へ足を掛けただけかもしれない。あとから見れば、浮かれていたと言うのは簡単である。だが、あの時、登る理由は確かにあった。

制度が梯子を立てた。政治が未来を語った。市場が上から手を振った。世界中の報道が、新しい扉が開いたと伝えた。

その下に立った人へ、「登るな」と言うほうが難しかった。

自由になったのかどうかは、今でも一言では答えられない。

ただ一つ確かなのは、「何かが始まった」と、多くの人が感じたことだ。

そして人は、何かが始まったと思えば、登り始める。

一段。

また一段。

もう一段。

未来がある。産業になる。世界から人が来る。もっと上へ行ける。そう信じながらある人は一段一段、ある人は一気に駆け上がりよじ登った。

私も登った。怪しいおじさんなりに、できるだけ堂々と。

その時はまだ、誰も梯子の下を見ていなかった。