タイのハーブ展で大麻の写真を撮っていると、別のブースから突然呼び止められた。
何を言っているのか、よくわからない。
こちらが戸惑っている間に、チューブから絞り出されたクリームを肩と首へぐいぐい塗り込まれた。
説明より先に施術が始まる。タイでは、そういうことも時々ある。
塗られた瞬間、肌の上で妙なことが起きた。
カーッと熱くなる。その直後、スーッと冷たくなる。熱い、冷たい、また熱い、また冷たい。どちらなのか決める暇もなく、反対側の感覚が追いかけてくる。
地獄のように涼しい。
熱さと冷たさは、本来なら反対側にある。だが身体の上では、同時に起きる。言葉はどちらか一方を選びたがるが、身体はそんな整理に付き合ってくれない。
痛いけれど気持ちいい。怖いけれど見ていたい。苦しいけれど生きている気がする。嫌いなのに離れられない。人間の感覚には、矛盾したものが同居している。
大麻なんかも同じだ。
落ち着くという人がいる。不安になる人もいる。眠くなる人がいる。頭が冴えるという人もいる。薬だという人がいる。麻薬だという人もいる。
自由の象徴になったかと思えば、管理の象徴にもなる。どちらが本当なのか。たぶん、どちらも本当であり、どちらだけでもない。
しばらくすると、固まっていた肩と首が、少し軽くなったような気がした。
本当に軽くなったのか。熱さと冷たさに驚いて、肩こりを忘れただけなのか。それはよくわからない。ただ、あの感覚を表す言葉だけは残った。
地獄のように涼しい。言葉が生まれた瞬間だった。
世の中には、正しくなくても、妙に身体へ馴染む言葉がある。カーッと熱くなり、次の瞬間にはスーッと冷たい。
熱いのか。冷たいのか。気持ちいいのか。痛いのか。
言葉は一方を選びたがる。
けれど身体は、矛盾したまま感じている。

