まあ、頑張るよ。

「頑張る」という言葉が、どうにも好きになれない。まぁ、「頑張るな」「頑張らなくて良い」ってのもどうかと思うげど。

本当は、何気なく手を動かすだけで自然と形になってしまうようなスマートさに惹かれる。その域に達するためにぐだぐだと足掻いているわけだけれど、そうなる兆しは一切見えない。

そんな気質もあって、「頑張れ」という一言を、自分にも他人にもあまり口にしたくない。

もちろん、自分にも自分以外に対しても「ここは踏ん張ってくれ」「頑張ってくれ」と背中を押したくなる時がないわけではない。まぁ、ケースバイケース。

ただ、すでに目の前で精一杯を尽くしている人に向かって「頑張れ」と投げかけるのは、どうにも据わりが悪い。頑張ってない人に「頑張らなくて良い」はタチが悪い。

どちらも、自分が言われるのが嫌なだけなのかもしれないけれど。

「頑張れ」「頑張らなくて良い」

これ以上、一体どう頑張れというのだろう。どう頑張るなっていうのだろう。

無責任な励ましが孕む空疎さを感じてしまうなんだかよくわからない感覚はもはや自分の身体の奥深くまで染み付いている。

だからといって、人生を疾走し通した人を過剰に神格化するのも違うし、それを自虐的に卑下するのはもっと違う気がするのだ。

墓石の前に座り込み、これまでのあれこれを静かに報告しながら、ビール片手に一服しながら、ふとそんな取り留めもないことばかりが浮かんでくる。

2026年7月25日 暑い夏の日。

まあ、そんなわけで、ぼちぼち頑張るよ。

無理なく、無駄なく、適当に。