
タイの街を歩いていると、緑の葉っぱによく出会う。目が追う。薬局という名のディスペンサリー。
コンビニのジュースにも目が行く。
パッケージには、誰が見ても大麻だとわかる葉っぱが、堂々と描かれている。
それを見るたびに、少し疑う。本当に大麻が入っているのだろうか。入っているとして、何が入っているのか。
葉なのか。抽出物なのか。香りなのか。それとも、雰囲気なのか、、、翻訳すれば良いのだけど。
大麻の葉っぱを描いておけば、それだけで身体に良さげに見える。自然に近づいたような気がする。少し自由になったような気さえするのはなんなんだろう。
そんな成分まで、パッケージには入っているらしい。
飲んでみても、大麻らしい何かがあるのか、よくわからない。そもそも、大麻らしい味とは何だろう。青臭ければいいのか。苦ければ効きそうなのか。緑色なら自然なのか。
考えているうちに、ジュースはただのジュースとして喉を通り過ぎ、汗で身体の外に放出される。
大麻が商品になる時、売られているのは成分だけではない。

健康、自然、反抗、自由、異国情緒。そして、何かが起きそうな気配。液体を飲みながら、意味まで一緒に飲み込んでいる。
タイで大麻の規制が大きく変わった時、街には一斉に緑の葉っぱが生えた。畑ではない。看板と商品棚に生えた。
植物そのものより、印刷された大麻のほうが、よほど成長が早かった。最近、あの葉っぱを以前ほど見かけなくなった気がする。
本当に減ったのか。
私の目が慣れ、追わなくなり見つけなくなっただけなのか。
ただ、自由になったのは大麻そのものより、先に葉っぱの絵だったのかもしれない。そしてあの熱気と開放的な雰囲気。
それこそが何よりの麻薬だったような気がする。

