深夜。車は一台も走っていない。信号だけが律儀に赤を灯していた。止まる必要などない。誰も見ていない。警察もいない。それでも止まる人がいる。
一方で、昼間でも平気で渡る人もいる。かつて「青は渡れ。黄は気をつけて渡れ、赤は急いで渡れ。」なんて言っていた男を知っている。
バンコクでも東京でも京都でも、赤信号の前で立ち止まる人と、そのまま渡る人がいる。
法律が人を止めているのか。誰かに見られていることが、人を止めているのか。いや、その前に、自分の中の何かがブレーキを踏んでいる。

この話は、薬物にも少し似ている。
法律があるから使わない人もいる。身体が嫌がるから使わない人もいる。家族の顔が浮かぶからやめる人もいる。仕事や暮らしを失いたくないから踏みとどまる人もいる。
たぶん、理由は一つじゃない。
人は法律だけでは動かない。感情だけでも動かない。経験も、習慣も、恐れも、大切にしたい誰かの存在も、その全部が少しずつ混ざり合い、今日も赤信号の前で立ち止まる。
でも身体は、そんなに話が簡単ではない。
法律も、恐怖も、経験も、愛情も。
それぞれが勝手に主張しているようで、ときには譲り合いながら、一つのブレーキを踏む。
だから私は、アクセルを踏む理由より、ブレーキを踏む理由の方が、その人らしいと思っている。
